二九の会活動記録
神戸・大阪を拠点にさまざまな業種に従事する30代40代の優秀な人材の為の異業種交流会の活動記録と会の事務局からの情報発信
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Author:二九の会
「新 神戸二九の会」事務局の歌野です。
この会は、神戸・大阪を拠点にし、30代~40代前後のサラリーマンまたは個人事業主、中小企業の経営者など多方面で活躍されている中堅と言われる方々の異業種交流会です。
普段接する機会の無い(少ない)業種の方との語らいにより、自らの事業やビジネスに活かすヒントになったり、自分は経験した事のない事を知っている人が居る・・・など、動機はさまざまでしょうが、2~3ヶ月に一度ぐらいは、大騒ぎしながら、語らい合いましょう!



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11.02.14 バレンタインデー
 約1週間振りの更新になりました。 毎日、チェックして頂いていた方へはお詫び申し上げます。 忙しかったのもありますが、正直、いろいろ考える事もあり、少し頭の整理をしていました。

 今日は、お昼前頃から降り出した雪が降り続き、客先への行き帰りで、まるで雪ダルマみたいになってしまいました。 また、この雪の影響で、交通はマヒ(?)まではいきませんが、所々では、大渋滞となっていた様です。 都会では雪に対する備えが乏しく、大変な経済損失があるようです・・・。

 さて、今日は、ホワイトバレンタインなんて言葉があるかどうか?は知りませんが、まさに、今日はそんな”バレンタインデー”となりました。
 そもそも、バレンタインデーの起源は、ローマ帝国時代まで遡ると言われています。 当時、ローマでは、女神ユノの祝日とされていました。 ユノは、全ての神の女王であり、家庭と結婚の神でもありました。 当時、若い男たちと娘たちは、生活が別だった。祭りの前日、娘たちは紙に名前を書いた札を桶の中に入れることになっていた。翌日、男たちは桶から札を1枚ひいた。ひいた男と札の名の娘は、祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていた。そして多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚した・・・と言われています。
 しかし、戦いに明け暮れる時の皇帝クラウディウス2世は、兵士の士気が下がるとの理由により兵士の婚姻を禁止した。しかし、ウァレンティヌス(バレンタイン)司祭は、秘密裏に兵士達を結婚させていたが、捕らえられ、処刑されたとされる。その日が先の祭りの前日、つまり、2月14日であると言われ、この日を”恋人達の日”とされた・・・と言うのが有力な説なんだそうです。
 誰ですか・・・? かつて、千葉ロッテマリーンズの監督をしていた、ボビー・バレンタイン監督の誕生日!なんて言ってるのは? ちなみに、ボビーの誕生日は、5月13日だそうです。

 尚、日本における、バレンタインデーの起源は、神戸の製菓会社”モロゾフ”さんが、1936年頃、販売促進の為・・・との説があります。しかし、広く一般的になったのは、1970年代後半頃と言われています。
 また、女性から男性へチョコレートを贈るバレンタインデーに対して、3月14日を男性から女性へお返しをする”ホワイトデー”なるものは、日本固有の習慣であると言われ、欧米ではほとんど見られないんだそうです。^_^;

 私がまだ若かりし頃、この日、学校に行くのが楽しみな様で、逆に行きたく無い・・・ワクワク・ドキドキ・びっくり・がっかり・・・そんな、ビターなチョコレートの様に、”ほろ苦い”日であった記憶があります。
 今や、草食系男子・肉食系女子・・・などと言われ、女性から男性へ・・・という構図が特に珍しくも無く、かつて、サラリーマンのお父さんのパラダイスであった、立ち呑み屋さんですら、女性の”お一人様”が珍しくない時代、なんだかな~?なんて気もしますが・・・(^^ゞ
 皆さんにとっての”バレンタインデー”は、如何でしたでしょうか?


本日の体重: 朝 64.1kg  ・・・ストレスによるリバウンドか?・・・


11.02.08 郵便記号の日
 最近は、誰かとの通信には、携帯電話やメールなどが発達し、めっきり手紙を書く事が無くなりました。しかし、手書きで書かれたハガキや手紙を頂くと、何となく嬉しいものですね~(^^)v 
 
 と言う事で、郵便のお話・・・
 皆さん良くご存じの 『〒』 このマーク、何だか解りますよね~。そう、郵便記号とも郵便マークとも言われる郵便局のシンボルマークですね。
 かつて、逓信省は、現在のNTTグループの前身、電気通信省と別れ、郵政省となりましたが、1887年、まだ逓信省と呼ばれていた時代、2月8日に 『 T 』 のマークを象徴とする、と公示しました。
 しかし、6日後の14日現在の 『〒』 のマークに訂正されました。
 これには、諸説あり、「 T 」は国際郵便の取扱いでは、郵便料金不足の印として万国共通に使用されていた。そのため、これによく似たマークは適当ではないということで、『〒』 に訂正した、という説が濃厚なんだそうです。
 以来、郵政民営化後もこのマークがずっと使われ続けています。

 先月、23日、お年玉付き年賀はがきの当選発表がなされましたが、皆さんはもう確認されましたか?  ⇒『当選番号』
 まさか?! 1等が当たった!なんて方はいらっしゃいませんか・・・?^_^; 幸運なあなたは、150万分の1の確率で当選された方・・・となるそうです。

 ちなみに、ご存知の方はいらっしゃるでしょうか?
 昔の家電製品などに使われていた、逆三角形や丸の中に「〒」のマークが入った記号をご覧になった事はないでしょうか?
 これは、先にも書きましたが、かつて、逓信省は、郵便関連事業以外に、電気製品に関する試験などを行っていました。その為、電気用品取締法に基づく試験に合格した事の証として、使われていました。しかし、2001年の法改正により使われなくなり、今では滅多に見る事はなくなりました。

 さて、今日は、郵便にまつわる記念日・・・と言う事で、懐かしい誰かにお手紙でも書いてみようかな~  ( ..)φメモメモ


本日の体重: 朝 63.1kg  ・・・まだまだ~!・・・


11.02.07 北方領土の日
 今日は、最高気温12℃の予報がなされています。暖かいですね~(^^)v

 さて、久し振りに真面目な話・・・
 1854年(安政元年)12月21日この日、「日露和親条約」が締結され、北方領土が我国日本の領土として認められた日なんだそうです。 ちなみに、新暦では、1855年2月7日、つまり156年前の今日なんだそうです。

 北方領土とは、択捉島・国後島・色丹島・歯舞諸島からなり、面積は、約5000平方キロもあり、沖縄の2倍以上にもなるんだそうです。
 その後、「日露通商条約」により、国境が定められ、「樺太千島交換条約」によって千島列島が日本の領土となり、日露戦争勝利後、「ポーツマス条約」のよって、南樺太も日本の領土となった。
 しかし、第二次世界大戦敗戦後、「サンフランシスコ平和条約」の受諾によって、日本は戦争により取得した領土の返還を受入れ、樺太・千島列島は、当時ソ連に返還された。しかし、その中には、先の北方領土は含まれておらず、我国は、北方領土を我国固有の領土としているものの、現ロシアが実効支配しており、日本人は一人も住んでおらず、通常、立ち入る事も出来ない。

 北方領土問題に関しては、先般、収監された”鈴木宗男”氏の口利きで建てられたとされる、千島列島にある、通称:ムネオハウス問題で一時騒然となった。
 また、先日、現ロシア大統領のメドベージェフが国後島を訪れた事で話題になったので、記憶に新しいところではないでしょうか?

 更に、領土の問題に関しては、記憶に新しいところで、尖閣・竹島問題もあります。
 
 この問題に関しては、一朝一夕に解決する問題では無いと思いますので、個人的な意見などを記するのは避けますが、今一度、歴史に対する認識を深める必要があると思います。正しい教育によって正しい知識と認識を持つべきではないでしょうか・・・


本日の体重: 朝 63.4kg  ・・・週明けはこんなもん・・・


11.01.17 あれから16年・・・
 1995年1月17日(火)05:46:52 あれは、突然起きた。

 連休明けのこの日、私は、普段より早く出勤する為、05:45 に TV のオンタイマーをセットしていたので、暗闇の中、TV の画面だけがぼんやりと映っていた。ベッドから起きようとした瞬間、激しく突き上げる様な揺れを感じ、その薄ぼんやりとした画面が宙に浮き飛んで行くのが見えたが、どうやらコンセントから抜けたんだろう、その画面も消えた・・・
 そして、マットレスの下敷きになった状態で、地震だ~!と言う事に気が付いた・・・

 あの日、神戸に居た人は少なからず、同じ様な経験をした事と思います。
 あれから、16年の歳月が過ぎたんですね~。

 死者 6434名 行方不明者 3名 負傷者 40,000人以上を出し、家屋の全半壊250,000棟 被害総額10兆円とも言われるこの大災害により、神戸の街は壊滅的な被害を受け、あの日、明るくなってから歩いた時、復興には相当な時間を要するだろうな~と思った事を思い出します。

 そして、あの時、”思いやりの精神”や”絆”と言ったものが自然発生的に生まれた。しかし、16年経った今、かつては、意識せずとも普通にそこら辺にあったものが、また失われていってる様な気もします。
 皆さんもそれぞれに、あの日、あの時の事を今一度思い出してみて下さい。

 尚、そんな今日は、『木の家 耐震改修推進会議 大勉強会 in 神戸』に参加して来ました。
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 会場である、ポートアイランド・神戸国際会議場には、約1000名ほどの人で賑わいました。参加者は、工務店関係、設計事務所関係、林業関係、建築資材関係、設備関連企業・・・種々な業種・業界から、遠くは北海道・沖縄から全国各地よりお越しになっておられるそうです。
 内容については、書ききれないほど多岐に渡るので、追々に・・・と言ったところですが、要約すると、まず、地震は今後30年の間に必ず起きるであろう、と言う事。従って、それに備える必要のある建物が沢山ある、と言う事。また、少子高齢化による人口の減少に伴う、不在住宅(空き家)の増加・・・
 と言った諸問題を、耐震改修の観点から、単に、家(建物)の改修だけに留まらず、地域のコミュニティーまでも再生しようという試み・・・ではなかろうか?と思います。
 少なくとも、私は、16年前の震災を経験し、あの時は、被災者同士の支え合おうとする気持ち(「絆」)が確かにあった、と思います。しかし、今、改めて、果たしてそれがあるか?もう一度、あの時の事を思い出さなきゃ!と言う事をを感じさせられました。

 もしかしたら、勉強会の趣旨とは違うかも知れません。でも、良いんです・・・僕は、そう感じたんです・・・。

 震災での被害者の方に、心からご冥福をお祈り致します・・・


本日の体重: 朝 64.1kg  ・・・また、増えてる (>_<)・・・


10.12.14 四十七士討ち入りの日
 12日間、神戸の街を彩り、多くの人を魅了した、ルミナリエも昨日、最終日を迎え、約343万4千人の来場者があったそうです。インフル騒動で影響のあった昨年よりも約21万人あまり少なかったそうですが、これも不況の影響を表しているのかも知れません。

 さて、今日は、我二九の会 第21回「AED講習会&忘年会」の日です。今回、初参加の方5名をお迎えしての開催となります。非常に楽しみにしております。

 また、今日は、1702年(元禄15年)と言いますから、今から300年以上も前、赤穂浪士47人が吉良邸に討ち入りし、主君の仇打ちを果たした日、なんだそうです。この事は、ご説明するまでも無い、有名な史実ですよね~。
 
 そして、もう一つ。
 1911年、99年前の今日、ノルウェーの探検家アムンゼンと4名の隊員が人類発の南極点到達を果たした日なんだそうです。奇しくも、現在、第52次南極観測隊を載せ航行中の「しらせ」より、大気が澄んでいるなどさまざまな条件が整わないと出現しない、と言われる「ブルーフラッシュ」「グリーンフラッシュ」などと呼ばれる非常に珍しい気象現象を観測した、と報告されております。
PN2010121301000881_-_-_CI0002.jpg (参考資料)
 我二九の会メンバー、N女子大のK君は、こんな光景を目にしたんでしょうか・・・?(^^ゞ

 もう一度、言います。
 今日は、第21回 二九の会 「AED講習会&忘年会」の日。ご多忙の中かとは、思いますが、くれぐれもよろしくお願い申し上げます。


本日の体重: 朝 63.3kg  ・・・ちょっと、減ったかな(^^ゞ・・・






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