二九の会活動記録
神戸・大阪を拠点にさまざまな業種に従事する30代40代の優秀な人材の為の異業種交流会の活動記録と会の事務局からの情報発信
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Author:二九の会
「新 神戸二九の会」事務局の歌野です。
この会は、神戸・大阪を拠点にし、30代~40代前後のサラリーマンまたは個人事業主、中小企業の経営者など多方面で活躍されている中堅と言われる方々の異業種交流会です。
普段接する機会の無い(少ない)業種の方との語らいにより、自らの事業やビジネスに活かすヒントになったり、自分は経験した事のない事を知っている人が居る・・・など、動機はさまざまでしょうが、2~3ヶ月に一度ぐらいは、大騒ぎしながら、語らい合いましょう!



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10.06.02 「敵は本能寺にあり!」
 時は、1582年6月2日(旧暦)早朝、当時、戦国の世を統一すべく、戦に明け暮れていた、織田信長は、家臣・明智光秀による謀反により、京都・本能寺に於いて、襲撃を受け、信長は自害した・・・と、されています。 世に言う、『本能寺の変』です。
 後に、光秀は、豊臣秀吉の中国地方遠征からの短期間での移動(後に、秀吉の”中国大返し”と言われる)により、光秀の”三日天下(実際には、約10日間)”と言われる様に、13日未明、小栗栖(京都市伏見区)にて、土民に討たれた、とされている。尚、この事には、諸説あり、家康の側近で軍師とされる、天海僧正(南光坊天海・ナンコウボウテンカイ)が、実は、生き永らえた”光秀”である・・・とするユニークな説も、もっともらしく伝えられている。

 と言う事で、この日を選んだのか?どうかは、知りませんが・・・^_^;
 
 今日、午前中に、渦中の人である、ハト山総理、及び、オザワ幹事長の両名が、辞意を表明した。
 と言うか、『遅すぎるやろ!』と、突っ込みを入れたくなりますが、アンチ民主の私としては、7月の参院選まではそのままで居て欲しかった気もしないでは無いが・・・(-_-メ)
 今朝の、民主党緊急臨時両院議員総会に於いて、辞意表明される言葉の中に(「産経新聞」より)、聞き捨てならない言葉がありました。
 (以下、引用) 『ただ、残念なことに、そのような私たち政権与党のしっかりとした仕事が必ずしも国民のみなさんの心に映っていません。国民のみなさんが徐々に徐々に聞く耳を持たなくなってきてしまった。・・・(省略)』
 序盤の”しっかりとした仕事”とは、一体何を指すのでしょうか?まず、ガソリンの暫定税率廃止の事でしょうか? 確かに暫定税率は廃止になりました、しかし、本則の税率を引き上げた為、国民の税負担は結局一緒であり、「なんのこっちゃ?」であります。子供手当ても、高校無償化も、高速道路も・・・どれを取っても、結局は、選挙目当てのバラマキにしか思えない。唯一の成果としては、事業仕訳けかと思いますが、これもまだ、結果は出ていません。
 そして、一番、気になったのは、”国民のみなさんが・・・聞く耳を持たなくなって・・・”の部分です。聞く耳を持たなくなったのでは無く、「あなたの言う事は信用出来ない。あなたには任せられない。」と言って、そっぽを向いたのでは無いでしょうか。

 『本能寺の変』の際、信長は、謀反の首謀者は誰か?との問いに、小姓・森蘭丸の「明智が者と見え申し侯」の答えに、是非に及ばずと語り、自害したそうです。

 今後の総裁選に注目しなければなりませんが、誰がなるにせよ、支持率が20%を切った今、かつての熱気を取り戻すのは容易ではないと思われます。




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