二九の会活動記録
神戸・大阪を拠点にさまざまな業種に従事する30代40代の優秀な人材の為の異業種交流会の活動記録と会の事務局からの情報発信
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Author:二九の会
「新 神戸二九の会」事務局の歌野です。
この会は、神戸・大阪を拠点にし、30代~40代前後のサラリーマンまたは個人事業主、中小企業の経営者など多方面で活躍されている中堅と言われる方々の異業種交流会です。
普段接する機会の無い(少ない)業種の方との語らいにより、自らの事業やビジネスに活かすヒントになったり、自分は経験した事のない事を知っている人が居る・・・など、動機はさまざまでしょうが、2~3ヶ月に一度ぐらいは、大騒ぎしながら、語らい合いましょう!



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09.11.10 ベルリンの壁崩壊

 1961年8月13日0時、東ドイツは東西ベルリン間68の道すべてを閉鎖し有刺鉄線による最初の「壁」の建設を開始した。6時までに東西間の通行はほとんど不可能になり、有刺鉄線による壁は13時までにほぼ建設が完了し、2日後には石造りの壁の建設が開始されたそうです。
 1975年完成当時の総延長は、実に155kmにも達していたそうです。

 そして、20年前の1989年11月9日、海外旅行自由化法案に代わる法案で、議会の承認を経ずに済む政令である、旅行自由化の政令案を作成。党中央委員会で一部の修正を経て可決され、即日公布・施行した。但し、当初、報道発表は翌10日の朝を予定していたが、手違いにより生放送で記者会見された為、東ベルリン市民がベルリンの壁周辺の検問所に多数詰めかけ、東西ベルリンを行き来しはじめた。これを国境警備隊は市民による暴動と勘違いし、ゲートを開いた事から、”壁崩壊の日”を11月9日とされる事が多いのですが、本来は10日なんだそうです。
 この模様は、某カップヌードルのCMで使われたりしているので、ご承知の事と思います。

 尚、後に、この破壊された壁の一部は、ライン川畔のコブレンツに白い壁2枚を記念品として移設し、日本の宮古島市上野のうえのドイツ文化村に2枚移設してあるそうです。ドイツもしくは、宮古島へ旅行された際は、是非、ご覧下さい。

 この壁は、東西冷戦の象徴とされ、経済的にも西と東では格差が激しく、統一された今でも旧東ドイツの失業率は高く、かつての共産主義社会の方が、むしろ貧しくも平等だった・・・とする向きもあるとの事です。

 また、この壁同様、今もなお多くの問題を抱え残る、民族の分断としては、朝鮮半島の北と南を分ける38度線問題があります。
 ある日、突然引かれた”線”によって、親兄弟を始め、家族・親族が離れ離れになったり、行き来が出来なる・・・なんて事は、ニホンに住む我々には想像し難い事です。
 更に、本日の速報では、”韓国と北朝鮮が軍事衝突か?”などと言う、きな臭い話も出ています。また、新政権と米国との安保の問題も何となくすっきりしませんし、隣国なだけに、動向に注意を払う必要があると思います。

 


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