二九の会活動記録
神戸・大阪を拠点にさまざまな業種に従事する30代40代の優秀な人材の為の異業種交流会の活動記録と会の事務局からの情報発信
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Author:二九の会
「新 神戸二九の会」事務局の歌野です。
この会は、神戸・大阪を拠点にし、30代~40代前後のサラリーマンまたは個人事業主、中小企業の経営者など多方面で活躍されている中堅と言われる方々の異業種交流会です。
普段接する機会の無い(少ない)業種の方との語らいにより、自らの事業やビジネスに活かすヒントになったり、自分は経験した事のない事を知っている人が居る・・・など、動機はさまざまでしょうが、2~3ヶ月に一度ぐらいは、大騒ぎしながら、語らい合いましょう!



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12.05.23 セカンドオピニオン
皆さん、ご機嫌如何でしょうか?
しかし、最近は恐ろしい世の中になって参りました。児童の列に車が突っ込んだり、バスが激突したり・・・と、 暗いニュースが続きました。
しかし、直近の明るい話題としては、世紀の天体ショー”金環日食”が何百年振りかに見れたり、東京の新名所”スカイツリー”の開業と、少しづつ出て来ました。 あとは、民主政権が早く終わってくれれば言う事ないのですが・・・。

さて、我が家の話題で恐縮ですが、
うちの一人息子、アマドン君は今年小学校四年生に無事進級致しました。 お陰様でこれまでさしたる大きな病気もせず健やかに成長して来ました。本当に幸せな事です。
しかし、先般、学校で行われた身体測定及び健康診断に於いて、眼科への再検査を要するとの判定を頂戴して帰って来ました。 視力の低下を指摘されての事でした。
うちは、私も家内も近眼です。(最近は、老眼も進んで来ました・・・) 従って、息子も遠からず近視の可能性は高いとは思っておりました。(必ずしも遺伝するとは限りませんが) また、息子に聞くと、これまで、学校や家で不自由を感じた事は無いとの事。 であれば、検診時の誤差である可能性を否定出来ず、さほど気に留める事も無く、近所の眼科への受診で良いと判断しました。
しかし、後に、その判断が間違っていた事に気付かされる事になりました。

と言いますのは、まず、学校での視力測定では、右眼が0.5 左眼が0.9だったものが、両眼共に0.5と測定されたのです。 しかも、「緑内障」であるとも・・・。 その日、正直凹みました。
*ちなみに、緑内障とは、簡単に言うと、視神経の異常により、視野が狭くなり進行すると失明に至る病気で、現在でも治療は困難であると言われています。

早速、いろいろと調べた事は言うまでもありませんが、仕事柄、多くのドクターを知っていると言う事はこんな時心強いものですね。 眼科の開業は、過去5件ほどお手伝いしました。その中でも特に、S先生は、ベストドクターに二年連続して選ばれるほどの超有名ドクター。
*ちなみに、ベストドクターとは、ドクターがドクターを評価するもので、自分または、自分の家族の治療を自分以外の誰に委ねるか?と言う観点から評価し、一定以上の評価を得たドクターのみが選出されます。

そのS先生に連絡し、診察して頂く事にしました。 尚、私自身も過去何度も、緑内障の疑い有り、と診断されておりましたので、息子と一緒に診察を受ける事にしました。
親子揃って、各種検査を念入りに受け、結果をもって最後に院長先生の診察が行われます。

結果は、二人共・・・   ・・・   ・・・   異常有りませんでした。(笑)

これぞまさしく、セカンドオピニオンです。

院長先生曰わく、この診断は、確かに難しいとの事。 私達親子は比較的レアな視神経の持ち主らしく、眼科医の中でも診た事のある医師は少ないのでは?との事でした。 つまり、息子に対する最初の診断は、誤診だった訳です。 私に至っては、何年もの間、間違った認識を持っていた訳です。
ついで言っておくと、息子の視力は両眼共に、0.9 良くは無いものの、悪くもない。 言いたくは無いが、学校の検診は兎も角、最初の眼科での測り方に問題は無かったのか?疑ってみたくなります。

まあ、ドクターは選んだ方が良い!と言う事がはっきりした訳で、更に、セカンドオピニオンが、今回はバッチリ効果を発揮した訳で、これの重要さを身に染みて体現した訳です。
実際、言葉では判っているつもりでも、なかなか実践出来ない事って沢山ありますよね・・・でも、やはり、やるべき時はやらなきゃいけませんね~。

皆様も何か不審に思う様な事があれば、是非、複数の方の意見を聞かれると良いと思います。

ではでは・・・


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12.05.13 鉄&空
GWも終わり、気温も上昇中。 日中は、上着を着てると汗ばむ気候となりました。

このブログも最近は、すっかり放置状態・・・申し訳ございません。 m(_ _)m

さて、行楽シーズン真っ只中の今日、”鉄っちゃん”の息子と二人で乗り鉄を楽しんで来ました。 JRの「春の1デイパス」を利用して、神戸~関空~和歌山~奈良~おおさか東線経由で神戸まで周遊して来ました。
この1デイパス利用も今回で3回目。 ただ乗るだけではつまらないので、関空で遊べないか?と探してみると、ありました。『わくわく関空見学プラン』。 これは、なかなか良かったですよ。 一般では入る事の出来ない保安区画から飛行機を見上げたり、間近に見る事が出来ますし、大型の観光バスで専門のガイドさんが付き、要所要所で解説やクイズ形式で楽しませてくれます。 約一時間の行程で500円は安いと思いました。
その後、展望施設内を見学し、空港ターミナルにて昼食。 息子の食べたいものと私の食べたいものが違いましたが、そこは、大人の私が譲らざるを得ません。 しかし、広い空港ターミナルは、さまざまなテナントや飲食店が出店しており、飛行機に乗らなくとも楽しめる空間と言えるでしょう。

そうして、今日の本来の目的を忘れそうになりながらも、息子はしっかりと忘れておらず、早く電車に乗りたいと、急かされながら空港駅へ。 
次の目的地は、和歌山駅。 空港駅~日根野駅~和歌山駅のルートで46分ほど。 JR西日本の新型車両225系は、息子の大のお気に入り。関空快速でもこの車両でしたが、今日は、二回も乗れて満足の様子でした。 和歌山駅での滞在時間は、30分ほどでしたが、タマちゃん駅長で知られる”いちご電車(和歌山電鉄貴志川線)”がホーム向かいに停車しており、撮影しに走った事は言うまでもありません。 

和歌山駅から今度は、奈良方面へ向けひたすら北上、二両編成のワンマン列車。 ここで豆知識。 二両編成のワンマン列車では、運転士は、車掌の役割も果たさねばならず、先頭車両のみ扉が開きます。降車する人は、先頭車両の一番前の扉から料金を払って出ます。まるで、バスの様です。
和歌山駅から王寺駅まで、約二時間半。 ローカルな眺めと硬いシート、揺れる車両とで、かなり疲れました。

ここから、更に、奈良方面または、京都方面まで行く事も出来ますが、この時点で既に17:30に近い時刻。帰路に就くことにしました。
王寺駅から久宝寺駅、久宝寺から放出、放出から尼崎、尼崎から神戸へと乗り継ぎ、春の乗り鉄の行程を終了しました。

今回の旅の費用としては、ワンデイパスが、2900円(大人)。 プラス わくわく関空見学プラン参加費500円、飲食代金のみ。 息子の分も合わせて、7000円ほどで一日を満喫しました。

ちなみに、神戸~大阪 390円 大阪~関空 1160円 関空~和歌山 860円 和歌山~王寺 1380円 王寺~神戸 1050円 〆て、4840円ですから、2000円弱ほどはお得に乗車出来たと考えて良いのではないでしょうか?(正確には違いはあるでしょうが・・・)

画して、タイトルにありますように、今回のテーマは、【鉄&空】。 関空では、空を飛ぶ乗り物、飛行機を堪能し、鉄では、大阪南部(和歌山を含む)地域を走破しましたので、過去二回のワンデイ周遊と合わせると、半分以上の路線を制覇した事になります。
帰り際、今度はどこを回ろうか?との息子の問に、この子がいつまでこの様な旅に親の私を必要とするのか? いつまでもついて行きたい気もするし、早々に一人立ちする事を望む気もするし・・・複雑な気持ちです。

春の関西1dayパス 6月3日(日)までご利用になれます。 お一人で、ご家族で、行楽の一つに如何でしょうか?

 

12.04.07 ゴルフ部会発足
 先頃の春の嵐により、咲き始めた桜が散ってしまうんではないか・・・と懸念しておりましたが、桜さん達は嵐の行き過ぎるの待ち構えたかの様に一気に蕾を膨らませ、いよいよ見頃を迎えようとしています。
 場所によっては、既に5~7分咲きといったところでしょうか? また、今日は、気温はそれほど上がっていないものの風の無い分過ごし易く、お花見にはちょうど良い気候となっております。 *お花見に行かれている方、あんまり羽目を外し過ぎて、度が過ぎない様に・・・

 さて、この度、我 二九の会では、”ゴルフ部会”を発足、第一回目のコンペを開催致しました。
ご案内の通り、4月7日(土) 場所は、滝野カントリークラブ 八千代コースにて行われました。 メンバーは6名。 第一回目としては、まずまずのメンバーが揃ったのではないでしょうか・・・?(誰です?約1名 とんでもない人が混じっている!なんて言ってるのは?)
 敢えて、ここではメンバーの発表はしませんが、下記にスコアを記しますので、想像してみて下さい。

 スタート時間が遅かった為、比較的ゆっくりとコースに向かった面々、なんとなく、すっきりしないお天気で、途中、「雪?」って感じのものが空から降って来た時には、先が思いやられる気がしましたが、スタート時には、晴れ間も射し、気温は低いもののプレーをするには良かったと思います。

 1ホール目のオナーを取ったのは、若手で背の高いちょっと男前風の彼、『パチーン!』と、うまく当たり飛距離も出、皆、なかなかやるやん!って思ったのですが・・・(後は、想像にお任せします)。
 続いて、東京からこの為に帰阪のイケメン現場監督。ちょっと左に・・・ご愛嬌って事で・・・(後は、デコボコはあるものの、うまくまとめてたんじゃないの?)
 このパーティの最後は、実に11年振りにクラブを握り、無謀にも練習すらせず、ゴルフを舐め切った男の登場。 当然の如く、とりあえず、前に飛んだ・・・程度。誰の眼にも、シロウト丸出し・・・さっさと、クラブ持って走らんかい!ってなもんです。

 次のパーティは、真打登場! 今回、幹事の通称:先生、顧問、前日までこの度の嵐の対応に追われていた○コム△田氏。
 さすがに、年間30ラウンドはする、と言われるだけあって安定感抜群の先生。先生ほどでは無いものの、誘われればイヤと言えない性格の顧問も年に10回以上は行っていると思われ、全4ホールあるニアピンを全てゲットした影の実力者。△田氏は、僕のライバルかな・・・?(ゴメン m(__)m )

 スタートが遅かったのがあるものの、プレイを終えたのは5時頃でしょうか、ちょっと遅くなりました。 で、結果発表!!

1. 48 45 計 93
2. 59 52 計 111
3. 57 60 計 117
4. 74 62 計 136
5. 76 75 計 151
6. 80 82 計 162  上記の本文から誰がどのスコアか想像してみて下さい。

 尚、名誉ある、第1回優勝は、通称:先生こと、社会保険労務士の戸田先生でした!!! おめでとうございます。 『二九の会 ゴルフ部会杯』の優勝カップを記念にお持ち帰り頂きました。

 今回、初めてのゴルフ部会。 私は個人的に非常に楽しませて頂きました。 11年振りにクラブを握りまして、スコアなんて全くどうでも良く、皆さんと楽しく過ごす事が出来た事が嬉しかったです。
 恐らく、皆さんには多大なご迷惑をお掛けした事と思いますが、これに懲りずにまた誘って頂ければ幸いです。
 尚、今回優勝の先生がお持ち帰りになられた優勝カップは今後、第5回・第10回・15回・・・と永遠に続く事を願い、持ち回りとさせて頂きます。
 いつか、私の手元に来る様、努力したいと思います。

 では、今回参加のみなさん、本当にお疲れ様でした。 とっても楽しかったです、ありがとうございました。

 そして、これをご覧のみなさん、次回は是非、ご一緒しませんか? 私の様なスコアでも楽しければいいじゃないですか!(なんて言うと怒られるかな?) 一緒に楽しみましょう!!
 よろしくお願い致します。



12.03.20 17年経った今でも
 「暑さ、寒さも彼岸まで・・・」と言いますが、今年の冬はいつまでも寒い日が続いております。しかし、お彼岸の中日である今日、”春分の日”は、比較的過ごしやすい気候だったのではないでしょうか?

 さて、17年前、関西地方(特に神戸地区)は、かの大震災からまだ途方に暮れている頃、この日、東京では、前例の無い事件が起きた。

 ご存じの通り、『地下鉄サリン事件』として知られる、かのカルト新興宗教団体による仕業と目され、事件から2日後、オウム真理教に対し、強制捜査を行い幹部クラスのものが逮捕され全容が徐々に明らかになっていく。
 いまだ記憶に新しい人も居る事だと思います。
 あの事件により、6000人以上が負傷し、13名が亡くなっている。
 17年経った今なお、猛毒サリンの影響などで体調不良を訴える方もいる。PTSD(心的外傷後ストレス症候群)により、地下鉄に乗れない、近づいただけで体調が悪くなってしまうという方もいるそうです。

 
 尚、この事件の重要参考人として当時から全国指名手配されていた、平田容疑者が昨年末の31日に自ら出頭したというニュースは記憶に新しい。
 16年以上もの間、いったいどの様な逃亡生活だったのか? また、500万円もの懸賞金を掛けられながら周りの者も気付かなかったのか? 今尚、疑問も多い。

 
 大抵、何か事件や事故、災害などがあると、後から振り返り、「あれから、○○年・・・」などと言う。 私もその一人だ。 でも、当事者にとっては、何年というのは、単に過ぎた月日の単位と言うだけなのかも知れない。

 そう言えば、つい先日、H急電車に乗っていた時、某有名私立小学校の生徒数名が座ったいた座席の下にスポーツバックらしきものがあった。 私はてっきりその生徒の内の誰かのものだと思っていた。 しかし、生徒達は順に降りていき、バックはそのままだった。 私と同様、隣の人も不審に思ったのか最後の生徒が降りる時に聞いていた。 しかし、誰のものでも無かった・・・。
 

 今から思えば、あれがサリンでなくて良かった~と、ホッと胸をなで下ろすほかない。

 段々、何が言いたかった判らなくなって来たが、兎に角、1995年はいろんな事の起こった年には違いない。
 まあ、そう言う事だ。



12.03.11 東日本大震災から1年
2011年3月11日 午後2時46分 ちょうど一年前、あなたはどこで何をしていましたか?

私は、三宮周辺で営業の途中でした。
歩いていたので、体感的にはさほどひどい揺れには感じませんでした。 でも、やはり気になったので、家内に電話を入れると、マンションではかなり揺れを感じたが被害は無いとの事。

その後、事務所に戻ると騒然となっていた。

そう、日本における観測史上最大級の規模 マグニチュード9.0を記録し、この地震による影響で、最大遡上高40.0mとも言われる大津波の発生、沿岸部にある原子力発電所の全電源喪失による、大量の放射線漏洩を伴う事故へ発展・・・ 
所謂、 『東日本大震災』 発生の日である。

あれから一年。
今尚、3000人を超える行方不明者 死亡が確認された 15000人超の犠牲者 20000隻以上の漁船が被害にあい 23000ha以上の農地が塩害により使用出来なくなりました。 被害額 16兆円とも25兆円とも言われています。 
17年前 我々が被災した、「阪神淡路大震災」と比較しても甚大な被害であります。

皆さまも繰り返しTV等の報道でご覧になられた事と思います。
地震のエネルギーの強大さを思い知らされ、何もかもを覆い飲み尽くす、津波に恐怖しました。
そして、今回は自然災害のみならず、原子力発電所から漏洩される目に見えない放射線への恐怖が追い打ちを掛けています。

一年経った今尚、ガレキの撤去もままならなず、復興への足かせとなっていると聞きます。 除染作業も進まないとも聞きます。
今こそ、政府は、強いリーダーシップを発揮して欲しいものです。

また、気になるのが、この復興需要による、特に建築・土木特需ですね。 ”復興支援”の名の下に、群がる亡者どもの姿がありありとしています。 表の顔としては、NPOだ! 復興支援だ! 被災者受け入れだ! と良い事を言っているものの裏の顔を持つもののなんと多い事か・・・

中途半端な記事になりますが、
被災に合われた全ての方々にお見舞い申し上げます。
一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。







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